不法行為による損害賠償請求権の期間制限
弁護士 堀 哲 郎
はじめに
去る令和6年7月3日、最高裁大法廷(15名の裁判官全員により構成)は、
① 旧優生保護法の強制不妊手術に関する規定は、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し、かつ、特定の障害がある人への不合理な差別であり、憲法13条、14条に違反する
② 同規定は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であったから、同規定に関する国会議員の立法行為は、国家賠償法の適用上、違法の評価を受ける
③ 本事案で「除斥期間」を理由に国が損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができず、国が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の乱用として許されない
として国に賠償を命じる判決を言い渡しました。
そこで今回は、このうち上記③について、すなわち、不法行為による損害賠償請求権の期間制限(主として「除斥期間」について)の問題について考察したいと思います。
問題の所在
消滅時効と除斥期間
「時効(消滅時効)」とは、一定期間行使されない権利を消滅させる制度です。
「除斥期間」とは、法律関係を速やかに確定させるため、一定期間の経過によって権利を消滅させる制度です。
いずれも、権利者(不法行為による損害賠償請求の場合は「被害者」)の権利を、一定期間の経過により消滅させるもので、不法行為の被害者にとってみれば極めて深刻な問題です。特に除斥期間については、時効における「中断」や「停止」(改正後の「更新」、「完成猶予」)がないので問題となります。
※詳細は、守重弁護士のコラム「消滅時効ルールが変わります」をご覧ください。
民法の規定
<平成29年改正前>
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
<平成29年改正後>
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
第724条の2
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
冒頭掲記の最高裁判決で問題となっているのは平成29年改正前の規定についてです。
平成29年改正後は、上記のとおり除斥期間が廃止され、立法的に解決されました。
しかし、改正法の施行日は令和2年4月1日なので、旧法の適用場面はまだまだ出てくる可能性があります。
その意味で冒頭掲記の最高裁判決は極めて意義深いものといえます。
最高裁判例
除斥期間について
*除斥期間の起算点を損害が発生した時と解することにより被害者の救済を図った判例
cf.【最高裁平成16年4月27日判決】 筑豊じん肺事件
724条後段の除斥期間は、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となるが、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質や、一定の期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に発生する場合には、当該損害の全部または一部が発生した時が除斥期間の起算点となる。
cf.【最高裁平成16年10月15日判決】 水俣病関西訴訟
水俣病事件については、本件患者のそれぞれが水俣湾周辺地域から他の地域に転居した時点が加害行為の終了した時であるが、いわゆる遅発性水俣病が存在すること、遅発性患者においては水俣湾またはその周辺海域の魚介類の摂取を中止してから四年以内に水俣病の症状が客観的に現れることなど原審認定の事実関係の基では、右転居から四年を経過した時点が除斥期間の起算点とした原審の判断も是認しうる。
cf.【最高裁平成18年6月16日判決】 B型肝炎訴訟
B型肝炎を発症したことによる損害は、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから、除斥期間の起算点は、加害行為(集団接種等)の時ではなく、損害の発生(B型肝炎の発症)の時である。
*特段の事情がある場合には、除斥期間経過による権利消滅の効果は生じないとして被害者の救済を図った判例
cf.【最高裁平成10年6月12日判決】 予防接種事件
不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合に、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、除斥期間経過による権利消滅の効果は生じない。
時効について
*時効期間の起算点の認定により被害者の救済を図った判例
cf.【大連昭和15年12月14日判決】
不法行為が継続して行われ、そのために損害も継続して発生する場合には、損害の継続発生する限り日々新しい不法行為に基づく損害として、各損害を知った時から別個に消滅時効が進行する。
cf.【最高裁平成6年1月20日判決】
夫婦の一方がその配偶者と第三者との同棲により第三者に対して取得する慰謝料請求権の消滅時効は、右夫婦の一方がその同棲関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権につき進行する。
cf.【最高裁平成6年2月22日判決】 日鉄鉱業(長崎じん肺)事件
雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行する。
結び
冒頭に掲げた最高裁判決は、「除斥期間」について、以下のとおり述べています。
判例変更について
改正前の民法724条後段は除斥期間を定めた規定である。不法行為によって発生した損害賠償請求権は、除斥期間の経過により法律上、当然に消滅すると解するのが相当である。
89年の最高裁判決は、裁判所は当事者の主張がなくても除斥期間の経過により請求権が消滅したと判断すべきで、除斥期間の主張が信義則違反や権利乱用であるとの主張自体が失当だとする法理を示した。
しかし、この法理を維持すると、本件のような事案で著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない。
このような見地に立って検討すれば、裁判所が除斥期間の経過で請求権が消滅したと判断するには、当事者の主張がなければならないと解すべきである。
請求権が除斥期間の経過で消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し、または権利の乱用として許されないと判断することができると解することが相当である。
これと異なる趣旨の89年の最高裁判決や、その後の最高裁判例はいずれも変更すべきである。
結論
原告らの損害賠償請求権の行使に対し、国が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の乱用として許されない。
したがって、請求権が除斥期間の経過で消滅したとはいえない。
以上