時効の話
弁護士 沼尻隆一
はじめに
今回は時効の話です。
よく、ニュースなどでも刑事事件の時効のことが取り上げられることがありますが、民事上の時効のことについては、あまり良く知らないという方も多いのではないでしょうか。
もちろん、民事上、よく問題となる貸付金などの債権についても、時効がありますし、また、民法上は、時効によって、所有権を取得できるという現象も生じます。
そこで、いろいろな権利には、どのような時効がありうるのか、また、どれくらいの期間で、時効となってしまうのでしょうか。
そして、逆にそうなるのを防ぐのにはどうしたらいいのでしょうか。
今回は、そういった点を中心に、お話していきたいと思います。
時効の種類
まず、時効とはなんでしょうか。
わかりやすくいえば、ある時点から一定期間が経過すると、その時間の経過により、権利自体が消滅したり、逆に発生したりすることが民法上認められていて、これを時効制度といいます。
次に、時効の種類についてですが、大きく分けて、消滅時効と、取得時効とがあり、消滅時効は、一定期間の経過によって、権利自体が消滅し、失効すること、取得時効とは、逆に、たとえば、細かい要件はありますが、一定期間、その物の所有者としてふるまっていたら、事実上、そのものの所有権が取得できてしまう、という制度です。
ところで、時効にはある程度の期間の経過が必要ですが、ただし、我が民法上は、単に、期間が経過しただけでは、時効の効果が発生しません。
民法上、時効によって権利が消滅したり取得したりできるようになるためには、時効によって利益を得る者が、原則として自ら、時効による利益を受けたいという意思を、外部に表示する必要があります。これを「時効の援用」といいます。
実際の実務でも、たとえば、弁護士はよく、依頼者である債務者のだめに、貸金業者に対し、債務はもう時効で消滅しているので、返す必要がない、といった内容の通知を、内容証明郵便で発することがありますが、これらも、要するに、依頼者の代理人として、時効の援用という行為をしているわけです。
時効の期間と起算点
⑴ 取得時効
先ほど、時効の種類については、大きく分けて2種類、消滅時効と取得時効とがあるというお話をしました。
まず、取得時効については、所有権その他、一定の権利について、ある程度、特別な要件がある場合に初めて、認められることがありますが、通常はあまり良くあることではないですし、認められる要件も、少々ややこしいので、ここでは割愛します。
⑵ 消滅時効の起算点と時効完成までの期間
次に、消滅時効については、さまざまな権利について、認められていますが、その時問題となるのは、時効期間の点だけではなく、実は、もう一つ大事な問題があります。
それは時効がいつから進行するのか、時効の起算点はいつか、という問題です。
時効の起算点はいつからか、そして、その起算点からどれくらいの期間の経過で時効が完成するか、という点については、民法上、事細かに定められています。
例えば、お金の貸し借りなどで生じた、一般の債権については、「債権の行使、つまり、債務者への請求が可能であることを、債権者が知った時から5年」、または、「権利の行使、つまり債務者への請求が可能になったときから、10年」で、時効が完成しますので、そうなったら、時効を「援用する」という意思表示をすれば、時効の効果が生じて、債権が消滅します。
つまり、その間、債権者である貸主が、借主に対して何もしなければ、貸主は時効を援用するという意思を示して、時効の効果が生じ、借金はもう返さなくてよくなるわけです。
⑶ 契約上の債権以外の債権の時効
通常の債権以外にも、債権には、例えば、契約以外の原因から発生するものもあります。
代表的な例としては、不法行為にもとづく、損害賠償請求権などがあります。
不法行為によって生じた損害賠償請求権というのは、分かりやすくいえば、故意または過失によって他人の生命、身体、そして財産などに損害を与えた場合の賠償請求権のことをいいます。
傷害事件などの犯罪行為によるものや、もっと身近なものでいえば、交通事故によって生じた被害の賠償についても、同じく不法行為による損害賠償請求債権の一種です。
このような不法行為に基づく請求債権の場合も、時効に関しては、一般の債権とは別の、特別の定めがあります。
つまり、不法行為によって生じた債権の場合、原則として、まず、不法行為により生じた損害とその加害者を知った時から3年で、または、不法行為の時から20年で、時効が完成します。
さらに、それとは別に、「人の生命または身体の侵害により生じた損害賠償請求権の場合」には、特別に、損害および加害者を知った時から5年、債権が発生したときから20年経過するまでは、時効は完成しません。
不法行為の時から20年というのは共通ですが、短いほうの3年か5年の時効期間については、どちらの不法行為の場合も、単に損害が生じたということだけでなく、加害者を知ったときから、初めて時効期間が進行する、という点を覚えておいてください。
例えば、いわゆるひき逃げ事件の場合は、事故の時から20年たってしまわないかぎり、犯人が分からないうちは、いつまでも時効が進行しないということになります。
⑷ 身近な例・・・交通事故の場合
先ほど、身近な例として交通事故の場合をあげましたが、交通事故にあった場合、人身事故であれば、ひき逃げされて、犯人が分からない場合は別として、事故によって怪我をしたことが分かったときから5年、事故の時から20年で、時効が完成しますし、
物損事故ならば、いわゆる当て逃げされて、加害者が分からない場合は別として、車が事故で損傷したことが分かったときから3年、事故の時から20年で、やはり時効にかかります。
なお、人身事故で継続的に治療が必要な怪我を負った場合、治療が終了してはじめて、損害の全部が確定するため、時効は、治療が終了したときから進行するものとして扱われるのが一般的です。
また、少し専門的な話になりますが、治療が終了してもなお、後遺障害が残存する場合は、そのことが分かったときから別途、5年間の時効期間が進行すると扱われるのが、実務上は一般的です。
⑸ 自賠責保険の場合
さらに、これまでのお話とは別に、交通事故で、人身事故の被害にあった場合の、自賠責保険の支払い請求、これは、被害者のほうから支払いを請求するので、被害者請求と呼ばれますが、この被害者請求権の時効期間は、原則として3年になります。
また、その場合の、時効の起算点については、原則として、通常の治療費や休業損害、入通院慰謝料の請求権については、事故の時、後遺障害に関する請求については、後遺障害の発生時、通常は、症状固定の日から、となりますので、これも、注意が必要です。
時効の主張ができる人の範囲について
次に、時効の主張ができる人の範囲について、お話します。
これはどういうことかというと、たとえば他人の債務の保証人となっている人が、他人の債務それ自体が時効によって消滅しているにも関わらず、債権者から請求を受けたようなとき、その保証人は、他人の債務それ自体、これを普通、主債務と呼んでいますが、この主債務の時効が完成して消滅していることを主張できるでしょうか、という問題です。
この場合、保証人は、主債務の時効を主張できます。
この場合の保証人のように、他人の債務の時効を主張でいる人を、時効の援用健者といっています。この時効の援用健者の範囲については、判例は、時効が認められることによって、直接利益を受ける者は、他人の債務の時効の援用ができるとしています。
民法上も、先ほどお話しした保証人や、連帯保証人、それから、抵当権が設定されている不動産を取得した第三者もまた、主債務者の時効を、自らのために主張することが認められています。
時効完成を阻止する方法
さて、今までは、時効の完成を主張したい場合の方法などについてお話してきましたが、今度は逆に、それを阻止する方法についても、お話しします。
時効の完成を阻止する方法は、大きくいうと2つ、時効の「完成猶予」と、「更新」という方法があります。
⑴ 時効の完成猶予とは
まず、完成猶予というのは、分かりやすく言えば、一定期間だけ時効の進行をストップする、つまり、ポーズボタンを押すようなイメージです。
このやり方には、いくつかのほうほうがありますが、一番わかりやすいのは、催告です。
相手方に、債務の履行を催告すると、その時から6か月間だけ時効の進行がポーズします。6か月経つと、また残りの時効期間が進行します。
この方法は、時効の完成が間近になったときに、とりあえず時間を稼ぎたいときに使われることが多いです。
そうやって時効の進行をとりあえずストップしている間に、これからお話しするような、時効を完全にクリアしてしまう本格的な措置を講じるわけです。
⑵ 時効の更新とは
次に、「更新」というのは、これまで進行してきた時効の期間を一気にもとに戻してしまう制度です。
先ほど話した時効の「完成猶予」という方法が、いわばポーズボタンを押すイメージだとしたら、この更新のほうは、いわば「クリアボタン」か、「キャンセルボタン」のようなイメージです。
たとえ、あと1か月で時効が完成するとしても、その時点で有効に更新がされたら、最初に戻ってしまいます。時効期間が5年であれば、時効完成まではまた、あと5年待つ必要があります。
この更新についても、いろいろな方法がありますが、代表的なものの一つは、権利の承認といって、分かりやすく言えば、債務の存在を認めさせること、実務上は、わざわざ書類を作って、債務を承認させる必要はなくて、通常は、債務の一部でも弁済すれば、権利を承認したことになるのです。
ですから、債権者が甘い言葉で、「無理に全部返してほしいとはいわないから、無理のない金額でいい、一円でもいいから返してほしい」と言ってきたら、かえって要注意です。
一円でも払ってしまったら、これまで進行してきた時効期間が全部クリアされてしまうことになるからです。
そのほかにも、民事裁判を起こして確定判決を得るなどの方法により、時効は更新することができます。
最後に・・・
実は、今までおはなししてきた、この時効に関する問題は、2020年の民法改正で、かなり重要な変更がなされたところです。
時効の完成はいつで、その阻止する方法はどうなのか、改正前とあとで、重要な点でいくつも変更があり、適用は、かなり複雑です。
したがって、生半可な知識で対処すると、思わぬ損をすることもないではありません。
そこで、よくわからない場合は、何かする前に、とりあえず気軽に、弁護士にご相談ください。
(以 上)