交通事故損害賠償における損益相殺の対象
弁護士 堀 哲 郎
はじめに
被害者又はその相続人が事故(交通事故に限らず、鉄道事故、労災事故、医療事故なども含まれます。)に起因して何らかの利益を得た場合、その利益が損害の填補であることが明らかであるときは、損害賠償額から控除する場合があり、これを損益相殺といいます。
損害の公平な分担という不法行為制度(不法行為に基づく損害賠償制度)の趣旨に基づくものです。
損益相殺でよく問題になるのは、労災保険法上の障害補償年金や遺族補償年金、国民年金法・厚生年金法上の障害年金や遺族年金等の公的給付が行われた場合などで、給付金の性質によって扱いが異なるので注意が必要です。
損益相殺の対象
損益相殺の対象となるか否かは上記の不法行為制度の趣旨に照らして判断することになりますが、以下にこれまで判例等によって肯定されたもの、否定されたもの、それぞれを掲記します。
cf.【最高裁平成5年3月24日判決】
被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある。
損益相殺の対象となるもの
自動車損害賠償保障法に基づき受領したもの
- 受領済みの自賠責保険金
- 政府の自動車損害賠償保障事業てん補金
労災保険法・公務員災害補償制度による給付
- 労災保険法による給付金(休業補償給付金・療養補償給付金、障害(補償)一時金、遺族補償年金、葬祭給付・遺族年金前払一時金、障害補償年金前払一時金、障害補償年金・介護保障給付金)
- 国家公務員・地方公務員災害補償法による給付金(療養補償、葬祭補償、遺族補償年金、遺族補償一時金)
公的医療保険
- 健康保険法による給付金(傷病手当金等)
- 国民健康保険法による給付金(高額療養費還付金等)
公的年金
- 厚生年金保険法による給付金(遺族厚生年金、障害厚生年金)
- 国民年金法による給付金(遺族基礎年金、障害基礎年金)
- 地方公務員等共済組合法による給付金(遺族共済年金等)
私的保険
- 所得補償保険契約に基づいて支払われた保険金
損益相殺の対象とならないもの
労災保険法に基づく特別支給金等
- 労災保険法による休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金傷病特別年金、障害特別年金、遺族特別年金、遺族特別一時金、遺族特別支給金、就学等援護費、福祉施設給付金、労災援護給付金
- 地方公務員災害補償基金からの休業援護金
cf.【最高裁平成8年2月23日判決】
労災保険法による休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金の支給は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害をてん補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできないというべきである。
その他の公的給付等
- 雇用保険失業等給付金
- 雇用対策法に基づく職業転換給付金
- 独立行政法人自動車事故対策機構法に基づき支給される介護料
- 特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づく特別児童扶養手当、特別障碍者手当
- 身体障害者福祉法に基づく給付等
- 障害者自立支援法に基づく身体障害者補装具費
- 在宅重度障害者手当
- 生活保護給付金
私的保険
- 生命保険金
- 傷害保険金
- 自損事故保険金
- 搭乗者傷害保険金
香典・見舞金
- 加害者からの香典・見舞金(社会儀礼上相当額の香典・見舞金)
- 勤務先からの見舞金(勤務先の支給規程に基づく見舞金)
損益相殺の対象であるも制限される場合
損害費目との関係
当該給付と同一性を有する損害費目との関係に限り控除される。
【健康保険、国民年金、厚生年金】
- 死亡事故後に受給及び支給が確定した妻の遺族基礎年金及び遺族厚生年金は、損益相殺の対象となるが、その範囲は逸失利益に限定され、他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することは出来ない(最判平11.10.22)。
- 厚生年金保険法による遺族厚生年金につき、不法行為により死亡した被害者の相続人が、その死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したときは、被害者が支給を受けるべき障害基礎年金等に係る逸失利益だけでなく、給与収入等を含めた逸失利益全般との関係で、支給を受けることが確定した遺族厚生年金を控除すべきである(最判平16.12.20)。
【労災保険等】
- 労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金によって填補される損害は、財産的損害のうちの消極損害(逸失利益)のみであって、これらの給付額を財産的損害のうちの積極損害および精神的損害(慰謝料)との関係で控除することは許されない(最判昭62.7.10)。
- 労災保険法等による休業補償給付、障害補償給付は財産上の損害の填補のためにのみなされるものであり、給付された補償金が財産上の損害額を上回る場合であっても、その差額を慰謝料から控除することはできない(最判昭58.4.19)。
支給未確定分
将来の給付(年金等)が見込まれる場合でも、支給を受けることが確定した給付額の限度で控除すれば足り、未確定分については控除することを要しない。
- 地方公務員等共済組合法による退職年金を受給していた者が死亡した場合、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、受給権者の損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しない(最判平3.24)。
cf.【最高裁平成5年3月24日判決】
不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する債権を取得した場合には、当該債権を取得したということだけから右の損益相殺的な調整をすることは、原則として許されないものといわなければならない。
けだし、債権には、程度の差こそあれ、履行の不確実性を伴うことが避けられず、現実に履行されることが常に確実であるということはできない上、特に当該債権が将来にわたって継続的に履行されることを内容とするもので、その存続自体についても不確実性を伴うものであるような場合には、当該債権を取得したというだけでは、これによって被害者に生じた損害が現実に補てんされたものということができないからである。
したがって、被害者又はその相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるものというべきである。
結び
今回は交通事故に関する諸問題のうち、損益相殺の問題に絞って記述しましたが、いうまでもなく、日々数多く発生する交通事故において損益相殺のみが問題となるような事例は見当たりません。
後遺障害の等級認定、過失相殺、素因減額といったむずかしい問題が複合的に絡み合っているのが通常です。
ぜひ、他の交通事故関連の公式ブログも閲覧されることをお勧めします。
以上