交通事故に遭ったときは(事故遭遇時の初期対応)
弁護士 沼尻隆一
今回は、「交通事故にあったときの、初期対応」といったことについての、お話です。
警察への通報
交通事故にあったら、まずやるべきことで、大事なことの一つは、警察に連絡することです。
加害者によっては、その場で示談して済ませようとしてくる人も、いまだにないではありません。
違反の点数のことや、保険を使いたくないという理由からそういってくる場合もありますが、いずれにせよ、その場で示談などしても、被害者の利益になるようなことは一つもありませんので、そのような申し出には乗らないことです。
また、たとえ、事故の直後は体に異常を感じなくとも、いずれ「むち打ち」等の症状があらわれてくることは多いので、単なる物損事故だと自分で決めつけず、ためらわず警察に連絡しましょう。
病院での受診
このように、事故後、少しでもからだに違和感を感じたら、病院に行って診察を受けてください。
その場ですぐに体に不調が出るとは限らないので、警察官から身体の怪我について聞かれたとき、その場の感覚で、「異常はないので物損事故の扱いにしてもらって構わない」などと簡単に言わないようにしてください。
もっとも、警察官も、最近では、事故後、そんなにすぐには、物損扱いにするか決めさせるようなことはしないようですが、いまだに、「人身事故になると大ごとになる。」などといって、物損扱いで済ませようとする場合もあるようですので、気をつけましょう。
あとでお話しするように、単なる物損事故にとどまる場合と、人身事故の場合とでは、警察の取扱いが全く異なってきます。
もし、事故後数日経ってから身体に異変を感じて病院に行くときは、必ず、「何月何日に交通事故にあい、それから不調になった」ことを医師に話したうえで、受傷の原因が交通事故にあることを明記した診断書を書いてもらうようにしてください。
車両の状況を撮影するなどして記録する
次に、双方の車両の状況をスマホなどで写真に撮っておくことをおすすめします。
もっとも、今は、ドライブレコーダーが装備されていることが多いので、どちらかの車両にドライブレコーダーが装備されていることが分かっていれば、そのデータが証拠になります。
ドライブレコーダーの記録がない場合などは、のちに事故の状況などが争いになったときのために、それぞれの車の衝突した箇所の破損の状況などや、(自転車で被害に遭った時は自転車の様子など、そのへこみ具合とか曲がり具合とかを、)スマホを使って写真に残しておくことは、とても大切なことになります。
加害者の氏名、連絡先などの確認
さらに、加害者の氏名、連絡先、加害者の加入している「任意保険会社」の連絡先や、加害者の運転車両が自家用車か、業務用の車か、「業務用であれば、その勤め先の会社名」などを知っておくことも重要です。
人身事故の場合は、当然、相手方の氏名などは警察が聴取してくれるので、交通事故証明書を取り寄せれば普通はわかりますが、単なる物損事故の場合は、そこまでしてくれませんので、自分から、相手方の氏名や保険会社、勤め先に関する情報などを確認しておいたほうがよいでしょう。
車両が業務用かどうか確認するのは、業務用の車両で事故を起こした場合、勤め先の会社にも賠償責任が発生する場合があるためです。
加害車両の運転者が自分では保険に入っていなくても、また、その人自身は、賠償の能力がなくても、業務用車両を運転している場合に会社が加入している保険会社から補償が受けられる可能性があるので、この点は重要です。
人身事故と物損事故の扱いの違い
先ほど、人身事故の場合と、物損事故の場合とでは、警察の取扱い方などに大きな違いがあると述べましたが、これがどういうことか、次にお話していきます。
まず、1点目は、警察による扱い方の違いです。
人身事故は、過失運転致死傷罪などといった、警察の捜査の対象となる犯罪に該当しますが、単なる物損事故は、故意に物を壊したわけではなく、過失で器物を損壊した場合にすぎないので、犯罪にはなりません。
したがって、人身事故の場合、警察は、実況見分調書を作成したり、事件を捜査したら原則として全件、検察庁に事件を送致するなどといった一定の捜査義務を負うことになりますが、物損事故の場合は、そのような義務はありませんので、実況見分調書などは通常は作成しません。
民事裁判などになった場合、警察が捜査の過程で作成した実況見分調書などは、高い証拠力を有することになりますが、物損事故の場合はそのような証拠がないわけです。
次に、人身事故と物損事故の違いの2つ目は、自賠責保険の補償対象になるかどうか、という点です。
自動車が加害車両となっている人身事故の場合は、自動車を保有する人が原則として加入を義務付けられている自賠責保険に加入していることが通常なので、自賠責保険からの補償が一定の基準に従って、払われることになります。
しかしながら、物損事故には自賠責保険の適用はありませんので、いかに被害額が大きくても、相手方がいくら自賠責保険に加入していたとしても、自賠責保険からの補償は、物損に対する賠償も担保する特約込みで任意保険に入っていない限り、相手方の保険からの支払いはありません。
だからこそ、事件直後に体の異変が感じられないからといって安易に物損扱いにしてすますことはお勧めできません。
保険会社から支払われる補償の内容など
次に、交通事故にあった後の、保険会社への対応や、保険会社から支払われる補償の内容などの点について、お話していきます。
治療費、治療関係費
事故当初から、しばらくの間は、ふつうは、とりあえず、治療費のみが、医療機関に直接、保険会社から支払われます。
被害者としてはその間、ただで通院、入院しながら治療が受けられる形になるわけです。
もちろん、医師によって、適切な治療の範囲内である限り、そういう扱いになりますので、医師によって相当な治療と認められない治療のための治療費については、よほどの事情がない限り、保険会社の支払いの対象とされないことが多いでしょう。
昔と違い、今では、接骨院の治療費も保険会社が認めれば保険から支払われるようになってきています。
もちろん、薬代や、医師が必要だと認めた杖、サポーターやコルセットなどの装具器具のレンタル料や購入費なども、補償されることになっています。
通院交通費、休業損害など
また、治療のために通院する際の交通費や、怪我の痛みや通院のために仕事を休まざるを得なくなった場合に、休業した分の損害も補償されます。
詳しい説明は今回は割愛しますが、自営業者の休業損害や、兼業主婦、あるいは専業主婦の場合の方の「家事労働分」の休業損害については、その補償額の算定には注意が必要です。
入通院(傷害)慰謝料
それから、入通院した期間の長さに応じて、「入通院慰謝料」というものも補償されます。
入通院慰謝料は傷害慰謝料とも呼ばれていて、怪我をした苦痛や、治療や入通院の際の不便・不快といった精神的苦痛に対する損害の賠償です。
補償のタイミング~「症状固定」とは~
さて、治療費以外にも、保険会社からは、通院のための交通費や、休業損害、あるいは慰謝料など、保険から支払われるものがいくつもあるとお話ししましたが、そのような支払いは、いつ、どのようなタイミングで、どのような手続きによって、なされるのでしょうか。
それには、まず、原則として、治療が終了し、治癒、または、「症状固定」の時期を迎えることが必要です。
治癒とは、文字通り怪我がすっかり治ることで、治療が終了することをいいますが、症状固定という場合は、そうではありません。
この場合は、症状が固定したまま、それ以上治療してもよくならない状態のことをいいます。
症状固定とは、そういう状態のことを指します。治療しても効果は上がらず、半永久的に症状が残り続けるので、治療は打ち切らざるを得ない状態となります。
そして、このように症状固定しても残り続ける症状のことを、いわゆる「後遺障害」といっています。
この後遺障害のことについては、後で詳しくお話します。
「治癒」または「症状固定」の判断
それでは、治癒、または症状固定の時期を迎えたことは、どうやってわかるのでしょうか。
それは基本的には、主治医のお医者さんの判断になります。
主治医が治癒したと考えれば、治療は終了し、あるいは、症状が固定してこれ以上の治療は効果がないと考えたときも、治療が終了します。
通常は、保険会社が主治医に症状を照会して、主治医の所見を確認することも多いです。
治癒の場合は、診断書にそのことを記載して保険会社に提出されます。
症状固定の場合に、これ以上治療しても残存する症状がある可能性が高い場合、後遺障害の発生が見込まれるので、通常は、後遺障害用の特別な診断書、「後遺障害診断書」といいますが、これを主治医に書いてもらうことになります。
後遺障害には等級があります
実は後遺障害には、1級から14級までの等級があって、その等級のどれに該当するかによって、支払われる保険の内容も変わってきます。
そのため、後遺障害の等級を決めるための基礎として、まず、先ほど述べた後遺障害の診断書を主治医に提出してもらうことが必要となります。
この診断書を取り寄せた保険会社は、第三者機関である自動車損害賠償保証料率算定機構という団体に、後遺障害の有無と、その等級の程度の認定を審査してもらうことになります。
保険会社の内部審査ではどうしても公平性が保ちにくくなるおそれがあるため、こういった第三者機関に審査を委託するわけです。
第三者機関では、医師の診断書や診療記録などから得たデータにもとづき、後遺症が残っているといえるか、また、その等級はどれに該当するかといった点を審査します。
その結果、後遺障害等級認定には非該当だと判定されることもあります。
また、後遺障害の等級が予想よりも低く判定されたり、逆に高く認定されることもあります。
等級等の認定に不服なときは、再度、審査のやり直しを求めることもできます。
第三者機関による後遺障害の認定の結果、後遺障害の等級が認定されたときは、その等級に応じて、あらたに、「後遺障害慰謝料」と、「後遺障害逸失利益」という2つの項目の補償がされることになります。
「後遺症慰謝料」とは
後遺障害慰謝料とは、事故のために、半永久的に残る後遺障害を負わされたこと、それ自体による精神的苦痛を賠償しようというもので、後遺障害の等級に応じて、金額が段階的にあがっていきます。
死亡事故の場合は、後遺症の等級とは別の基準によって、慰謝料の金額が変わります。
一家の支柱、つまり、一家の家計の主たる収入を稼いでいた者かどうかによって、死亡慰謝料の金額が変わります。
「後遺障害逸失利益」とは
「後遺障害逸失利益」というのは、分かり易く言えば、事故によって後遺障害が残ることにより、将来的に、もともと持っていた労働能力、稼働能力が減少することになるため、一般的に就労が不可能な年齢に達するまでの間の、得られたはずの収入が得られなくなった分の収入減を補償するという内容の補償です。
もともと持っていた労働能力、稼働能力が、後遺障害によってどれだけ減少するかを割合で示したものが、「労働能力喪失率」といわれ、後遺障害の等級ごとに決められています。
事故前の平均年収に、この労働能力喪失率をかけたものが、1年分の後遺症逸失利益となりますが、これを、通常働けなくなる年齢までの間に、毎年もらい続けるとした場合に、これを最初に一回で受け取るとなると、中間利息といって、利息の問題を考慮する必要があります。
毎年年金でもらえる金額を現在価値に換算するための係数としてはいろいろな種類のものがありますが、交通事故の損害賠償の場合には「ライプニッツ係数」というものを用いることになっています。
毎年の年収の減少分に、一般的に働けなくなる年齢に達するまでの年数、これを就労可能年数といいますが、この年数をかけて、その年数に対応するライプニッツ係数をかけたものが、原則として、その人が受け取れる逸失利益の計算方法となります。
なお、死亡事故の場合は、この計算式の、労働能力喪失率を100パーセントとして、あとの計算式は同じ方法で、計算することになります。
過失相殺について
最後に、過失相殺のことについてお話します。
過失相殺とは、加害者だけではなく、被害者にも、事故の原因の一部を作りだした過失などがあるときに、一定程度の割合で損害賠償額が差し引かれる場合のことです。
実務では、いわゆる「赤い本」とか、「別冊判例タイムズ」といった書籍上に、四輪車対四輪車、四輪車対歩行者、四輪車対オートバイ、あるいは、信号機のある交差点での事故、信号機のない交差点での事故、などといった具合に、加害車両被害車両の種類や事故のパターンごとに、事細かに加害者、被害者双方の過失の割合が定められておりますので、それを事案に応じて当てはめていくという作業が行われるのが、通常です。
さいごに
いずれにしても、過失割合もそうですが、後遺障害の等級認定や、逸失利益や、休業損害の計算など、専門家でないと判断が難しい事項が多いのが交通事故の損害賠償の事案になります。
今は、弁護士費用等の補償もしてくれる特約が付いている保険も多いので、困ったときは是非、専門家にご相談いただくことをお勧めします。
(以上)