不同意わいせつ罪・不同意性交等罪施行
弁護士 岡田宜智
はじめに
2023(令和5)年7月13日、刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律が施行され、従来の強制わいせつ罪(旧176条)・準強制わいせつ罪(旧178条1項)は、不同意わいせつ罪(新176条)として、強制性交等罪(旧177条)・準強制性交等罪(旧178条2項)は、不同意性交等罪(新177条)として処罰されることになりました。
法定刑の重さは従来と変わりません(不同意わいせつ罪(6月以上10年以下の懲役)、不同意性交等罪(5年以上の懲役)が、構成要件(犯罪成立要件)に大きな見直しがなされています。
そこで、今回どのような改正がなされたのかを簡潔に解説します。
改正の要点
今回の改正においては、大きく以下の4つの点が改正の要点とされています。
1 強制わいせつ罪・強制性交等罪の「暴行」「脅迫」要件及び準強制わいせつ罪・準強制性交等罪の「心神喪失」「抗拒不能」要件の改正
2 性交同意年齢の引き上げ
3 身体の一部又は物を挿入する行為の取扱いの見直し
4 配偶者間において不同意性交等罪などが成立することの明確化
「暴行」「脅迫」要件及び「心神喪失」「抗拒不能」要件の改正
旧法では、「暴行」又は「脅迫」を用いてわいせつ行為や性交等を行った場合に、強制わいせつ罪や強制性交等罪が成立するとされ、「心神喪失」又は「抗拒不能」に乗じてわいせつ行為や性交等を行った場合に準強制わいせつ罪や準強制性交等罪が成立するとされていました。
新法では、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」という統一的な要件が用意され、その状態のもとでわいせつ行為を行った場合には不同意わいせつ罪が、性交等を行った場合には不同意性交等罪が成立することとなりました。
【同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態】
「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全う困難な状態」の意味について、法務省の見解は下記のとおりです。
「形成困難」:性的行為をするかどうか決める能力が不足していて、性的行為をしたくないという意思を持つこと自体が難しい状態
「表明困難」:性的行為をしたくないという意思を持つことはできたもののそれを外部に表すことが難しい状態
「全う困難」:性的行為をしたくないという意思を外部に表すことはできたものの、その意思のとおりになることが難しい状態(例えば、嫌だと言ったのに無理やり性的行為をされてしまったような場合)
被害者を上記いずれかの状態にさせ、あるいはそのような状態にあることに乗じて、わいせつな行為又は性交等を行うことにより、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪が成立することになります。
【8つの類型】
そして、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」の原因となりうる行為・事由として下記8つの類型が規定されています(新176条1項各号)。
①暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
②心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
③アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
④睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
⑤同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
⑥予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕(がく)させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
⑦虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
⑧経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
したがって、従来の「暴行」「脅迫」又は「心神喪失」「抗拒不能」という要件は、新法では「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」の原因となりうる行為・事由としてまとめられたことになります。
法務省の見解によれば、かかる要件の改正は、従来の処罰範囲を拡大し、処罰できなかった行為を新たな処罰対象にするものではなく、性犯罪の成立する範囲を明確にするものであるとされています。
しかしながら、列挙された8つの類型のほか、「その他これらに類する行為又は事由により」という規定のされ方がなされていますから、成立範囲がどれだけ明確になっているかについては、疑問の余地があるのではないかと思っています。
性交同意年齢の引き上げ
従来は、13歳未満の者に対してわいせつ行為や性交等を行った場合には、そのこと自体をもって(「暴行」又は「脅迫」等を用いなくとも、仮に同意があっても)強制わいせつ罪や強制性交等罪が成立することとされていました。
すなわち、かつては13歳以上の者であれば、自己の性的行為について同意する能力があると考えられてきたことになります。
しかし、新法は、「16歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者」(新176条3項)、「性交等をした者」(新177条3項)を同意の有無を問わず処罰することとしているため、原則として性交同意年齢が16歳以上に引き上げられた形になっています。
もっとも、13歳以上16歳未満の者については、その者に対する性的行為が無条件で不同意わいせつ罪や不同意性交等罪になるのは、対象者との年齢差が5歳以上ある場合に限られています。
例えば、15歳は、性交同意年齢に満たないので、その者に対し、20歳の者がわいせつ行為等をした場合には、そのこと自体をもって不同意わいせつ罪等が成立します。
しかし、18歳の者が15歳に対してわいせつ行為等をした場合には、わいせつ行為等をしたことだけをもって不同意わいせつ罪等が成立することにはなりません。
この場合、被害者(15歳)に対し、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」にさせた上でわいせつ行為等をしたということが必要となります。
身体の一部又は物を挿入する行為の取扱いの見直し
旧法においては、「性交等」とは、性交、肛門性交、口腔性交のことを指し、いずれも男性器の挿入が前提となっていました。
すなわち、従来は、女性器等に指やその他の異物を挿入したとしても強制性交等罪ではなく、強制わいせつ罪が成立するにとどまっていました。
しかしながら、挿入されたのが男性器かそうでないかで被害者の受ける法益侵害の程度に違いはないのではないかということが考慮され、新法では、膣又は肛門に男性器以外の身体の一部又は物を挿入する行為についても「性交等」に含むこととされました。
条文上、「性交等」とは、「性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの」と定義されています(新177条1項)。
したがって、電車内の痴漢行為であっても、態様によっては不同意性交等罪(5年以上の懲役)で処罰される可能性が生じることになりました。
配偶者間において不同意性交等罪などが成立することの明確化
新法では、不同意わいせつ罪及び不同意性交等罪のいずれにおいても「婚姻関係の有無にかかわらず」という文言が規定されています。
これは、今回の改正で考え方が変わったというわけではありません。
旧法においても、性犯罪は、婚姻関係のある夫婦間においても成立すると考えられてきました。
しかし、このような理解は条文上明らかではなく、また、学説の一部には配偶者間の性犯罪の成立を限定的に解する見解もあったことから、新法では、確認的な意味で、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪が配偶者間でも成立することを条文上明らかにしたにすぎません。
最後に
今回は、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪に関する改正点についてのみ解説をしました。
しかし、今回の改正においては、16歳未満の者に対する面会強要等の罪が新設されている(新182条)点も重要です。
また、特別法として「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(性的姿態撮影等処罰法)も施行され、性的姿態等撮影罪(3年以下の懲役又は300万円以下の罰金)等の罪が新設されたことも重要な改正点になります。
性犯罪に関する刑罰規定の改正は目まぐるしく、我々弁護士も改正法に関する知識を日々アップデートすることが必要だと感じております。