2022年9月30日

持戻し免除の意思表示の推定

弁護士 岡田 宜智

はじめに

高齢化社会の進展に伴い、相続開始時における配偶者の年齢も高くなっており、残された配偶者の生活の保護を図る必要性が高まってきました。

そこで、このような社会情勢の変化に応じる形で、約40年ぶりに相続法の大きな見直しがなされました(改正相続法は、平成30年7月6日に成立し、政令で定める日から各内容が施行されることとなりました)。

相続法改正により新設された配偶者保護のための方策として、配偶者居住権(令和2年4月1日施行)が挙げられますが、これについてはすでに本ブログでも紹介しております(こちらをご覧ください)。

そこで今回は,配偶者居住権同様、配偶者保護の観点から新設された、持戻し免除の意思表示の推定規定(令和元年7月1日施行)について説明をしたいと思います。

そもそも持戻し免除の意思表示って何のこと?

民法は、共同相続人間の公平を図るため、具体的な相続分を確定するにあたり、特別受益の持ち戻しという制度を設けています。

例えば、被相続人Aが死亡し、遺産は4000万円である、相続人は、妻B、子C、Dの3人である、というケースを想定します。

Aが生前にCに対して、1000万円の金銭的援助をしていた場合、相続の場面において、この援助を考慮せずに相続分を算定してしまうと、共同相続人間で不公平が生じてしまいます(単純に法定相続分で相続分を算定した場合、各人の相続分はB:2000万円、C:1000万円、D:1000万円ですが、Cは生前に1000万円をもらっているため、遺産をもらいすぎと評価できます)。

そこで、民法は、遺産の前渡しと評価できるような援助については、その受け取った利益を「特別受益」として遺産の中に戻した上(遺産総額に加算して「みなし相続財産」としたうえで)、各共同相続人の相続分を確定するにあたり、特別受益を受けた相続人については、その特別受益を控除して具体的な相続分とする旨を規定しています。

先の例では、遺産4000万円に生前贈与の1000万円を加算した5000万円をみなし相続財産とし、各共同相続人の相続分を確定することになります。

具体的には、

B:2500万円(5000×1/2)
C:250万円((5000×1/4)-1000(特別受益を控除します))
D:1250万円(5000×1/4)

となります。

この特別受益を遺産の中に戻すことを「特別受益の持戻し」といいます。

そして、被相続人は、この特別受益を相続財産に持戻すことを免除する意思表示をすることもできます。
この意思表示をすることを「持戻し免除の意思表示」といいます。

先の例では、Aが特にCに対して、遺産を多く残したいという意向がある場合には、遺言等でこのような意思表示をしておくことができるということです。

持ち戻し免除の意思表示の推定とは

持戻しを免除するためには、上記のとおり被相続人の意思表示が必要でした。

これは、長年連れ添った夫婦が、相手方配偶者の老後の生活保障を意図して居住用不動産を贈与した場合であっても同様でした。

しかし、現代社会においては、高齢化社会の進展に伴い、配偶者保護の必要性が高まっていることは「はじめに」で述べたとおりです。

そこで、改正相続法は、下記のとおり一定の要件を満たした配偶者相続人については、持戻し免除の意思表示があったものと推定することとし、配偶者保護を図ることにしました。

要件

①婚姻期間が20年以上の夫婦間において
 →事実婚は含まれません。法律上の夫婦であることが必要です。
  また、②の贈与等がなされた時点で婚姻期間が20年以上経過していることが必要です。

②居住用不動産の贈与又は遺贈がされたこと
 →贈与等の目的物は「居住用不動産」である場合に限られています。

効果

持戻し免除の意思表示が推定されるとどうなるのか、具体的なケースを想定して説明いたします。

・AB夫妻は婚姻期間が40年にわたる夫婦である
・夫Aが死亡し、妻Bと子C、DがAの相続人となった
・Aは死亡する2年前にBに対し、居住用不動産(評価額3000万円)を贈与していた。
・Aの遺産は、預貯金等が4000万円である。
・Aは特別受益の持戻しについて、特段の意思表示をせずに死亡した。

 というケースで考えてみましょう。

改正前

Bへの贈与は特別受益にあたりますので、持戻しの対象になります(遺産に加算されます)。

したがって、各相続人の相続分は、

B:500万円((4000+3000)×1/2-3000(特別受益を控除します))
C:1750万円(4000+3000)×1/4
D:1750万円(4000+3000)×1/4

となります。

Bは不動産を取得しているとはいえ、子らと比べて遺産から取得できる金額が少なくなってしまいます。

改正後

Bへの贈与は持戻し免除の意思表示があったものと推定されますので、相続分の確定にあたり、Bへ居住用不動産を贈与したことは考慮の対象外になります。

したがって、各相続人の相続分は、

B:2000万円(4000×1/2)
C:1000万円(4000×1/4)
D:1000万円(4000×1/4)

となり、改正前に比べてBはより多くの遺産を相続できることになります。

 

このように持戻し免除の意思表示の推定規定を設けることで、配偶者はより多くの財産を取得できることとなり、配偶者保護に資する解決が可能となりました。

 

参考

なお、上記のケースでは、子らの遺留分は、各875万円((4000万+3000万)×1/2×1/4)であり、持戻し免除の意思表示があったと推定しても遺留分を侵害しませんでした(1000>875)。

では、持戻し免除の意思表示があったとすることで遺留分が侵害される場合はどうなるのでしょうか。

この点、持戻し免除の意思表示は、遺留分侵害額の算定には影響しない(持戻し免除の意思表示があっても、遺留分算定の基礎財産には特別受益にあたる贈与が算入され、それを前提に侵害額が算定される)とされています(最判平成24.1.26参照)。

したがって、持戻し免除の意思表示が推定されることによって他の相続人の遺留分を侵害する場合には、遺留分侵害額請求の対象になると解されています。

 

 

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