人身傷害保険金を受領した場合の処理
弁護士 近藤永久
人身傷害保険の活用場面
交通事故により被害者(被保険者)が死傷した場合、人身傷害保険に加入していれば、被害者(被保険者)の過失割合に関係なく、保険約款に従って算定された保険金=人身傷害保険金を受け取ることができます。
通常、事故による損害(治療費や慰謝料等)は加害者の保険会社が賠償しますが、被害者にも過失がある場合、その過失分については、加害者から賠償を受けることはできません。
例えば、事故で100万円の損害を被ったとして、被害者の過失が2割であれば、被害者が加害者に請求できる金額は、100万円から被害者の過失分2割=20万円を差し引いた金額、つまり80万円になります。
冒頭で述べたように、人身傷害保険では被害者(被保険者)の過失割合に関係なく保険金を受け取ることができますので、被害者の過失がそれなりに大きいケースや、加害者が無保険で十分な賠償を受けられないようなケースでは、人身傷害保険を活用することがあります。
人身傷害保険金の支払いが先行する場合の処理
人身傷害保険金は保険約款に従って算定されますので、必ずしも事故による損害全てをカバーできるわけではありません。不足分は、加害者に請求することとなります。
流れとしては、①人身傷害保険金を先に受け取り、②その後に加害者に対する請求を行うのが通常です(理由の説明は割愛しますが、このようにすると、被害者が最終的に受け取れる金額が大きくなることが多いためです)。
ただし、人身傷害保険金が被害者の過失分に相当する金額を上回る場合には、その上回る額の限度で、被害者の損害賠償請求権が人傷社に移転しますので、この点に留意する必要があります(12.20.最高裁判決参照)。被害者としては、人傷社に移転した分の金額を、加害者側に対する請求額から差し引かなければなりません。
*具体例*
事故による損害が100万円、被害者の過失割合が2割であるとします。
このとき、支払われた人身傷害保険金が30万円であれば、人身傷害保険金が被害者過失分の20万円を10万円上回りますので、この10万円の限度で、被害者の損害賠償請求権が人傷社に移転します。
従って、被害者が加害者に請求できる金額は、加害者過失分80万円から人傷社に移転した10万円を差し引いた額、つまり70万円となります。
仮に、支払われた人身傷害保険金が10万円であれば、人身傷害保険金が被害者過失分の20万円を下回り、被害者の損害賠償請求権が人傷社に移転することはありませんので、加害者への請求額から、人身傷害保険金を差し引かなくてよいこととなります。
従って、被害者が加害者に請求できる金額は、加害者過失分の80万円となります。
以上が、人身傷害保険金の支払いが先行する場合の処理になります。
人傷社が自賠責保険金を回収している場合の処理(R4.3.24.最高裁判決)
人身傷害保険金の支払いが先行する場合の処理は第2のとおりですが、人身傷害保険金の支払いが先行しており、かつ、人傷社が既に自賠責保険金を回収している場合、この「自賠責保険金」についてはどのように取り扱うべきでしょうか。
この場合の処理方法を巡っては2通りの考え方があり、下級審の判断も分かれていました。
1つは、あくまで被害者に支払われたのは人身傷害保険金である以上、後に人傷社が回収した自賠責保険部分も含めて、第2と同じように処理するという考え方です(不当利得認容説)。
もう1つは、自賠責保険金額を加害者の過失分から差し引く、という考え方です(全部控除説)。
これは、もし人傷社が回収しなければ、自賠責保険金は加害者過失部分に填補されるものであることを重視し、自賠責保険金部分を加害者から被害者への支払いと同視する見解です。
被害者としては、受け取り額が大きくなる前者の考え方を主張したいところです。
*具体例*
例えば、事故による損害が100万円、被害者の過失割合が2割、被害者が受け取った人身傷害保険金が30万円で、人傷社が回収した自賠責保険金が20万円であったとします。
前者の考え方によれば、人身傷害保険金30万円は、自賠責保険部分も含めて、被害者過失分を上回る額のみが人傷社に移転します。従って、被害者が加害者に請求できる額は、第2と同様に70万円になります。
後者の考え方によれば、まず、人身傷害保険金30万円のうち、自賠責保険金20万円を除いた10万円のみを、純粋に人身傷害保険金として支払われたものとして取り扱います。
すると、人身傷害保険金は被害者過失分20万円を下回りますので、被害者の損害賠償請求権が人傷社に移転することはありません。
ただし、自賠責保険金20万円については、加害者から被害者への支払と同視し、加害者過失分80万円から差し引きます。結果として、被害者が加害者に請求できる金額は、加害者過失分80万円から自賠責保険金20万円を差し引いた額、つまり60万円になります。
最高裁令和4年3月24日判決では、人身傷害保険金の支払いが先行しており、かつ、人傷社が自賠責保険金を回収しているケースについて、結論としては前者の処理方法を採用しました。
判決理由をみますと、あくまで当該事例の具体的事実関係から上記結論を導いたものであり、不当利得認容説と全部控除説、どちらの立場に立つのかを明らかにしたものではなさそうですが、今後同種の事案を担当する際の参考になると思います。