遺言が成立した日と異なる日付が記載された遺言の効力~最高裁判所令和3年1月18日判決~
弁護士 柳沢里美
■はじめに
自筆証書による遺言は,「遺言者がその全文,日付及び氏名を自署し,これに印を押さなければならない」と定められています(民法968条1項)。
自筆証書による遺言は,一人で手軽に作成できる反面,この民法が定める厳格な方式を欠くと無効となってしまいます。この厳格な方式については,民法改正により緩和されました。
今回は,自筆証書遺言が実際に成立した日と異なる日付が記載された遺言の有効性について判断した判例を紹介します。
■事案の概要
亡くなったA(遺言者)には,妻(X1)との間に3人の子ども(X2~X4)がいましたが,内縁の妻(Y1)がおり,内縁の妻との間にも3人の子ども(Y2~Y4)がいました。
Aは,平成27年4月13日に入院先の病院で,「遺産をYら遺贈又は相続させる」という内容の遺言の全文,4月13日の日付及び氏名を自書しました。
その後,Aは退院し,平成27年5月10日に弁護士立会いの下,4月13日に作成した遺言に押印しました。
Aは平成27年5月13に死亡しました。
Xらは,遺言書には遺言が成立した日と異なる日付が記載されていることなどを理由に,遺言が無効であることの確認を求める裁判を起こしました。
■第一審と控訴審の判断
第一審と控訴審は,いずれも,遺言書に真実遺言が成立した日(平成27年5月10日)と異なる日(平成27年4月13日)の日付が記載されているという方式違反があるため,本件遺言は無効であると判断しました。
■最高裁判所の判断
本件遺言を無効とした判決に対して,Yらが上告したところ,最高裁判所は次の理由により,直ちに本件遺言が無効となるものではないと判断しました。
自筆証書遺言によって遺言をするには真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならない(最高裁昭和52年4月19日判決)。本件遺言が成立した日は,押印がされた本件遺言が完成した平成27年5月10日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されている。しかしながら,民法968条1項が,自筆証書遺言の方式として,遺言の全文,日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は,遺言者の真意を確保すること等にあるところ,必要以上に遺言の方式を厳格に解すると,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。したがって,Aが入院中の平成27年4月13日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院して9日後の同年5月10日に押印したなどの本件の事実関係の下では,本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではない。
■コメント
遺言書の日付は,遺言者の遺言能力の有無を判断する基準となり,複数の内容が異なる遺言がある場合には,どの遺言書が最後に作成されたのかを判断するうえでも重要です。
遺言書を作成する際,自書と押印は同じ日に行われることが多いと思われますが,作成が2日以上にわたることもあると思います。
民法が遺言者の真意を確保するために遺言の方式を厳格に定めていることなどから,自書と押印がいずれも行われ,方式をすべて満たしたときに遺言が成立するものと考えられます。
本件では,遺言書の方式をすべて満たしたのは押印がなされた5月10日であるため,本来であれば,遺言が成立したこの日の日付を記載しなければなりません。
本判決は,本件遺言に形式的不備があることしながらも,遺言者の最終意思を尊重するという遺言の制度趣旨に基づき,例外的に遺言を有効とする余地を残す判断をしており,遺言の有効性を考えるうえで,重要な判例であると思われます。
■遺言書保管制度
なお,自筆証書遺言については,民法改正による要件緩和に加え,令和2年7月10日から,法務局における遺言書保管制度が始まっています。
この制度により,遺言者の作成した遺言書が法務局で保管されるので,遺言書の紛失や改ざんなどに心配がなくなります。
また,この制度によって保管されている遺言については,家庭裁判所の検認も不要となります。
この制度を利用する場合であっても,自筆証書遺言の内容については,専門家によるチェックを受けた方が安心です。
遺言の作成をお考えでしたら,是非,弁護士にご相談下さい。