「公正証書について」
弁護士 沼 尻 隆 一
はじめに
離婚に関するご相談の中で,ご相談者から「離婚の条件を,公正証書にしておきたい」などといったお話をされることがよくあります。
また,いわゆる「終活」に関するご相談の中で,弁護士の私のほうから,「公正証書で遺言を遺しておいたらいかがでしょうか?」などと提案することもあります。
そこで,今回は,「公証人」「公正証書」とは何なのか?
また,「公正証書にする」といった場合,どのような場合が想定されるのか?
公正証書にする場合のメリット・デメリットなどについて,お話ししたいと思います。
「公証人」「公正証書」とは?
まず,「公正証書」とは,「公証人」が作成する書面のことです。
では,「公証人」とは何でしょうか?
公証人とは,裁判官,検察官などを長年なさっていた方の中から法務大臣が任命する法律の専門家で,一人一人が公証人という「国家機関」です。
「公証役場」というのは,公証人という個々の国家機関の執務場所にすぎず,「〇〇公証役場」に個々の公証人が公務員として所属して,勤務しているわけではありません。
あくまでも,一人一人が国家機関という立場にあります。(分かりにくい話で恐縮ですが,このへんは,読み飛ばしても一向に差し支えありません。)
公証人の仕事の一つが,公正証書の作成です。
では,公正証書とは一体何でしょうか?
分かり易く一口で言えば,契約や遺言その他の民事上の法律行為を,当事者(契約なら通常は2人,遺言なら1人)の依頼に応じて,公証人が作成する公文書によって行うことで,その公証人が作成した公文書を,公正証書といいます。
公証人の仕事には,公正証書の作成のほかにも,定款の認証とか,重要な業務がありますが,それらの業務については,ここでは割愛します。
公正証書にしなければならない場合
法律では,かならず公正証書にしなければ,法的な効力を生じないと定められている場合があります。
例えば,事業用定期借地権等(もっぱら事業用の建物の所有を目的とする土地の賃貸借で,契約の更新ができないタイプのもの)の設定契約を行う際(借地借家法23条),あるいは,任意後見契約(本人が,精神上の障害,たとえば認知症などにより判断能力が不十分になった場合に自己の生活や療養看護,財産管理等に関する事務の一部又は全部の代理権を,予め,弁護士などの後見人予定者に委任しておく契約)を締結する場合などは,法律上必ず,公証人の作成する公正証書によって行わなければならないとされています。
なぜなら,契約の結果が重大であり,当事者間でのみ契約をできるようにしたのでは,契約者本人の権利を保護するために十分ではなく,法律の専門家である公証人の関与が必要と解される場合だからです。
もしこのような定めがあるにもかかわらず,当事者だけで契約を締結しても,契約内容に応じた法律上の効力は生じませんので,注意が必要です。
公正証書にすべき場合,すべきでない場合
前述の「公正証書にしなければならない場合」を除き,本来,契約などを締結するには公正証書にしなければならないきまりはありません。
しかしながら,一定の場合には,公正証書にしたほうが良い場合があります。
公正証書にすべき場合としては,どういったものがあるでしょうか?
公正証書にする場合のメリット,デメリットはなんでしょうか?
*公正証書にする場合のメリット
まず,公正証書にすべき場合(したほうが良い場合)というのは,主に,一定額の金銭または有価証券についての支払いを求める内容の契約を締結する場合です。
このような内容の契約書を,公正証書で作成した場合,その公正証書の中に,「金銭等の支払いを怠った場合(契約を履行しなかった場合)は,ただちに強制執行に服する」旨の条項(「強制執行認諾約款」などといいます。)が入っていれば(入れておけば),強制執行が簡単にできます。
通常の契約書しかない場合は,まずは民事訴訟等によって,その契約書の内容どおりの「判決」などを得なければ強制執行できませんが,前述のような「公正証書」で契約を締結しておけば,そのような手間がかからず,もし債務者が金銭等の支払を怠った場合には,より簡単,迅速に,強制執行ができることになるわけです。
さらに,契約書以外にも,例えば,複雑な内容の遺言書を遺しておきたい場合は,自筆の遺言書を作成するのはかなり難しいので,公証人に依頼して「遺言公正証書」を作成してもらうほうが安心です。
公正証書による遺言であっても,遺言書であることには変わらないので,遺言書の内容を変更したくなったら,いつでも,新たに遺言書を作成すれば,前になされた遺言書の効力は,新たに作成した遺言書の内容と矛盾する範囲内で無効になります。
ですから,何度でも遺言公正証書を作成していいのです。
また,公正証書にしておけば,その原本はその後もずっと公証役場に保存され,自筆証書遺言のように,自宅が火事になって一緒に燃えてしまった,というようなことが起こる心配がありません。
しかも,本人が死亡した後,遺言書の所在が不明になってしまっていても,昭和64年以降に作成された公正証書遺言であれば,現在では,その遺言をした本人の遺言書が保管されている公証役場がどこにあるのかを,検索システムで調べることができるようになっています。
*公正証書にする場合のデメリット
逆に,公正証書にすべきでない場合というのはあるでしょうか?(公正証書にする場合のデメリット)
遺言書と違い,契約書など,2人以上の当事者で作成することが予定されている文書の場合,一方の意向や都合だけで公正証書にすることはできません。
契約当事者双方の同意と協力が得られないような場合,公正証書にすることは難しいでしょう。
また,公正証書にすることができても,例えば,不動産の明渡しを定めた場合や,離婚する旨の合意など,金銭や有価証券の支払以外の条項をいくら公正証書で定めたとしても,それだけで強制執行ができたり,離婚が成立するわけではありませんので,注意が必要です。
そのような場合にまで公正証書にするのは,いたずらに費用と手間がかかるだけで無駄であるとも考えられます。(もちろん,裁判になった場合,有力な証拠にはなり得ますが。)
公正証書と時効期間
今回の民法改正により,「時効」制度についても,従来の規定がかなり大きく変更されました。
この点,改正民法169条1項では「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については,十年より短い時効期間の定めがあるものであっても,その時効期間は,十年とする。」旨の定めがあり,確定判決ではありませんが強制執行ができる公正証書についても,「確定判決と同一の効力を有するもの」として,時効期間が十年に延びることはあるのでしょうか。
この点については,明確な定めや最高裁判例はありませんが,否定的に解する(時効期間は十年に延びない)のが,従前の裁判例であり,多数説であるといえるでしょう。
公正証書と強制執行
公正証書によって強制執行ができる場合に,実際に強制執行をするためには,どうしたらよいでしょうか。
通常の強制執行の場合,確定判決を得るだけではなく,「送達証明書」の交付や,「執行文の付与」を受ける,といった手続が必要となってきますが,公正証書によって強制執行をする場合は,どうすればいいのでしょうか?
詳しくは,弁護士など専門家にご相談いただくのが一番ですが,結論から言えば,実際には,公正証書による強制執行をする場合でも,「送達証明書」の交付や「執行文の付与」といった手続きはやはり必要であり,なおかつ,確定判決にもとづく強制執行とは異なり,それらの手続きは,裁判所ではなく,公証役場に対して,行うことになります。
その上で,債務者の財産の所在地など管轄を有する裁判所に,強制執行の申立を行うことにより,はじめて強制執行が現実化することになります。