離婚の成立と婚姻費用分担請求権の帰趨
弁護士 岡田宜智
はじめに
婚姻費用分担の申立て(調停・審判)の係属中に離婚が成立した場合,離婚成立時までの過去の婚姻費用分担請求権がどのように扱われるのか,という論点についての考え方は,従前,学説及び下級審裁判例が分かれている状態にありました。
この問題について昨今,最高裁が判断を示しており(最決令和2年1月23日民集74巻1号1頁),実務的にも理論的にも重要なものと考えられますのでご紹介いたします。
事案の概要
・平成26年ころから,X(妻)とY(夫)は,別居状態にあった。
・平成29年12月,Xは,離婚調停を申立てた。
・平成30年5月,Xはさらに婚姻費用分担調停の申し立てをした。
・平成30年7月,離婚調停は成立したが,同調停において財産分与に関する合意はなされず,清算条項も定められなかった。
・一方,同日,婚姻費用分担調停は,不成立となったため,審判手続に移行した(家事事件手続法272条4項)。
その後,家庭裁判所(一審)は,Yに対して,離婚時までの婚姻費用分担金の支払を命じたところ,Yが抗告(不服申立て)し,高裁は,離婚の成立によりXのYに対する婚姻費用分担請求権は消滅したとして,家裁の審判を取消し,Xの婚姻費用分担の申立を却下しました。
最高裁(令和2年1月23日決定)
しかし,最高裁は,以下のとおり判示して,高裁の決定を破棄し,差し戻しました。
決定要旨
「婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても、これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。」
最高裁は,上記判断の理由として,
①婚姻費用分担の申立後に離婚により婚姻関係が終了した場合に,婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由がないこと
②家庭裁判所は過去に遡って婚姻費用の具体的な分担額を形成決定することもできると解されること(最大決昭和40年6月30日参照)
を挙げています。
学説
婚姻費用分担の申立て(調停・審判)の係属中に離婚が成立した場合,離婚成立時までの過去の婚姻費用分担請求権がどのように扱われるのか,ひいては当該申立てが不適法なものとなるのか,という論点について従前の見解は分かれており,大別して①消滅説,②転化説,③存続説に分類されていました。
消滅説
離婚後は過去の婚姻費用分担請求権は消滅するという見解です。
その理由としては,
・婚姻費用分担請求権は,婚姻関係の存続を前提とするものであるから,具体的な請求権の形成前に離婚し,婚姻関係が消滅したときには婚姻費用分担請求権も消滅すること
・離婚後の過去の婚姻費用は財産関係の清算である財産分与の中で解決すべきこと
が挙げられていました。
本件における高裁決定もかかる見解によっていたと考えられます。
転化説
離婚後は,過去の婚姻費用分担請求権は消滅するが,財産分与請求権に性質が変化して存続するという見解です。
この見解によれば,離婚後は継続中の婚姻費用分担の申立は,財産分与の審判等の申立に変更されたものとして扱い得ることになります。
存続説
離婚後も離婚時までの過去分の婚姻費用分担請求権は存続するという見解です。
この見解によれば,係属中の婚姻費用分担の審判等の申立も当然適法ということになり,最高裁は,この存続説の立場に立つことを明らかにしたということができます。
判例の射程
今回ご紹介した最高裁の決定は,あくまでも婚姻費用分担審判の申立てはすでになされており,その後に当事者が離婚した場合について判示したものです。
・“夫婦が離婚した後に,離婚時までの過去分の婚姻費用分担の申立てをすることができるか”
ということについては何ら言及がなく,この問題については今回の判例の射程外であるとされています。
検討
では,上記の問題について検討するとしたらどう考えればよいでしょうか。
ここからは私見ですが,まず,婚姻費用分担請求の始期は,実務上,権利者が請求したときとされており,内容証明等で婚姻費用の支払を請求したことが明らかであれば,始期の特定は可能であり,必ずしも調停等の申立時に限られるわけではないとされています。
次に,婚姻費用分担に関する調停等は,具体的な分担額を形成決定するものであり,具体的な分担額が形成される前であっても,婚姻費用の分担を請求する根拠となる実体法上の権利は,民法760条に基づき発生しているものと考えられます。
そして,今回の最高裁決定は,上記のとおり,当事者が有していた離婚時までの婚姻費用分担請求権という実体法上の権利は離婚によって当然に消滅するものではないことを判示しています。
そうであれば,あらかじめ内容証明によって婚姻費用の分担を求める意思を明確にしてある状況にあるならば,離婚後に始期から離婚時までの過去分の婚姻費用分担の請求をすることも可能だと解するのが素直なのではないかと思われます。
現実には,婚姻費用を請求する内容証明を送ったにもかかわらず,その後同調停の申立てをしていないというケースはあまりないかもしれませんが,もしそのような状況にある方は,離婚した後であっても婚姻費用分担の申立てを検討しうるのではないでしょうか。