労働審判の話
弁護士 河原﨑友太
平成16年に労働審判法が制定され,個別労働関係紛争(平たく言えば,労働組合が関係しない紛争類型)に関する解決手段の一つとして労働審判手続が開始されました。
今回は,運用開始から約15年が経過し,年間3500件前後の申立てがなされている労働審判手続について解説します。
労働審判手続きの特徴
労働審判委員会の設置
労働審判の場合には,労働審判官1名及び労働審判員2名の構成で審理が進められます。
このうち,労働審判官は裁判官が務めることになり,労働審判員は,労働関係に関する専門的な知識経験を有する者のうちから任命された労働者側1名,使用者側1名であるのが通例となっています。
👈組織構成において公平さが意識されています。 |
迅速な手続き
労働審判手続は,原則として3回以内の期日(双方当事者が出廷した上で審理を行う日)で審理を終結することが求められており,この点において,通常の裁判に比較して迅速な手続進行が予定されています。
期日は2週間から4週間程度に1回の頻度で入ることが多いため,早ければ,審理の開始から1か月半から2ヶ月程度で終結に至ります。
労働事件の場合,争点が多数になりやすく,証拠の偏在や不足等の事情により解決までに要する時間が長期化しやすい面がありますので,この点が労働審判手続を利用する最大のメリットになろうかと思います。
👈迅速な解決が期待できる点が労働審判の最大の特徴です。 |
実際のところ
申立から終結までの実際の流れを追ってみたいと思います。
申立て
申立てができるのは「当事者」とされているので,法律上は,使用者側から労働審判手続を利用することもできます。
ただし,現在のところ,使用者側からの申立てはほとんどないと思われます。
申立てを行う際には,裁判所に対して申立書を提出します。
申立書には,申立ての趣旨(何を求めるか),申立の理由,予想される争点,申立てに至る経緯等の記載が求められています。
なお,原則として3回期日以内という制限があることから,何度も書面を提出し,あるいは,相手方の反論に対する再反論を行うということは予定されていません。
そのため,相手方から出されるであろう反論等も意識した申立書を作成する必要があります。
👈申立書の内容は充実させる必要があります。 |
申立書に対する相手方の対応
原則3回の期日という制限があることから,申立てを受けた相手方に対しても,第1回目の期日の前までに申立書に記載された事実に対する認否やその答弁を理由づける具体的な事実等を記載した答弁書を提出することが要請されています。
例えば,未払い残業代の請求がなされている場合,申立書で主張されている労働条件や実労働時間,残業代の計算方法が正しいか否かなどをチェックした上で適切な反論を行う必要があります。
👈申立てから第1回目の期日までは40日以内とされていますので, 申立てを受けた場合には,速やかに反論の準備を進める必要があります。 |
第1回期日での進行
以上の準備がなされた状態で第1回目の期日が開かれることになります。
そのため,第1回目の期日が開始される時点で,労働審判委員会においても,申立人の主張だけでなく,申立人の主張に対する相手方の反論についてもおおむね把握している状態になっていると言えます。
労働審判手続では,通常の民事事件と同様に証人尋問手続きや,鑑定手続き等を行うことができる扱いとなっていますが,迅速な解決が要請されていることとの関係上,これらの手続が行われることはあまりありません。
実際には,双方が提出した申立書,答弁書,準備書面,証拠書類等に目を通した労働審判委員会のほうから,補足的に事情の聴取が行われる程度に留まることがほとんどではないかと思われます。
そして,この第1回目の期日において,ほぼほぼ労働審判委員会の心証(当該事件に対する結論の見込み)が出来上がった状態になります。
したがって,申立人の側からすれば,申立書が最も重要となり,相手方の側からすれば,答弁書の内容を充実させることが最も重要ということになります。
👈労働審判手続においては,第1回期日後を踏まえて弁護士に相談するというよりは, 第1回目の期日が始まる前に,弁護士へ相談されることが望ましいと言えます。 |
第2回期日の進行
第1回期日の終結後,労働審判委員会から,第2回期日までに提出してほしい書面等の指示が出ることがありますので,その準備を行うとともに,第1回期日の経過を踏まえて主張書面や証拠関係を補充していきます。
なお,やむを得ない事由がある場合を除き,主張,及び証拠書類の提出は第2回の期日が終了するまでに終える必要があります。
この第2回の期日では,労働審判委員会のほうから,一定の心証を開示された上で,当事者双方に対して和解を打診されることがほとんどです。
そのうえで,労働審判委員会のほうから,(金銭的な解決が望まれる事案であれば)検討してほしい金額を具体的に提示されることも多くなっています。
その場で調整できれば,調停成立により終結という形になりますが,持ち帰っての検討が必要な場合には,第3回目の期日までに検討するという対応になります。
👈第2回期日では和解の打診される場合がほとんどです。 そのため,使用者側においては,決定の権限ある立場の方の出席をお願いしています。 |
第3回期日の進行
第2回期日で提示された和解案を持ち帰り検討することが主となります。
和解の前提として,当事者双方の納得が必要ですから,労働審判委員会から示された和解案を飲めないということであれば和解交渉を打ち切るということも可能です。
最終的に和解の成立が困難ということになれば,当該期日にて,労働審判委員会から労働審判の結論が言い渡されることになります。
👈結論は,当事者双方が出席している場において,口頭でなされることが通常です。 |
異議の申立て
労働審判委員会が示した労働審判の内容に不服がある当事者は,2週間以内に異議の申し立てを行うことができます。
異議が出された場合には,労働審判の効力を失うと同時に,当該請求について地方裁判所への訴えが提起されたものとみなされる取り扱いになります。
つまり,通常の民事裁判を提起したのと同じ扱いがされるということです。
👈全体の70%程度が調停による終結となっています。 審判になったものについてもその40%程度は異議申立てなしで終結しているため, 通常の民事裁判に移行する事件は必ずしも多くありません。 |
労働審判のススメ
労働審判手続きでは,通常の民事裁判とは異なり,証人尋問等の証拠調べが実施されないことが多く,真実を探求するという意味では不十分な面はあります。
他方で,原則3回期日以内で終結するという制度に加えて,実際にも約70%の事件で調停が成立しているという現状を考えれば,紛争が長期化しないという点でのメリットは,労使双方にとって大きいと考えられます。
ただし,迅速な手続き故に,各当事者に求められる事前準備が重要となりますので,ぜひ早い段階でのご相談をお待ちしております。