民法改正により約款のルールが定められました
弁護士 柳沢里美
何かと社会不安が絶えず,落ち着かない2020年の春ですが,この4月から改正民法(債権法)が施行されました。
今回は,民法改正により新たに定められた「定型約款」について説明します。
◆ 約款とは?
約款とは,大量の取引を迅速かつ画一的に処理するために事業者があらかじめ作成した定型的な契約条項のことをいいます。
現代社会においては,保険,旅客運送,携帯電話,ガスや電気の契約など,日常生活での多くの取引において,約款が使用されています。
それにもかかわらず,改正前の民法には,この約款に関する規定は何もありませんでした。
そこで,今回の民法改正で,約款についての規定が新たに設けられました。
◆ 改正民法による約款の新たな規定とは?
改正民法では,現代社会で使用されている約款のうち,一定の範囲のものを対象として,大きく分けて,次の3つの規定が新たに設けられました。
① 改正民法の規定の対象となる「定型約款」の定義
②(相手方が定型約款の内容を知らなくても)定型約款が契約の内容となるための要件
③(相手方が同意していなくても)定型約款の変更が認められるための要件
◆ 定型約款の定義
改正民法は,規定の対象となる約款を「定型約款」として,次のように定義しています。
ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,その内容の全部または一部が画一的であることがその双方にとって合理的な取引(定型取引)において,契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体(改正民法548条の2第1項) |
「不特定多数の者を相手方として行う取引」とは,相手方の個性に着目することなく行われる取引のことをいいます。
労働者と会社との雇用契約などは,会社が個別に労働者の採用を決めているため,相手方の個性に着目した取引であるといえるので,定型取引にはあたりませんが,保険や旅客運送の契約などは,相手方の個性に着目することなく不特定多数の顧客を相手方として行われる取引であるといえるので,定型取引にあたります。
「内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的である」とは,多数の相手方に対して同じ内容で契約をすることが通常であり,相手方が交渉を行わず,一方の当事者が準備した契約条項をそのまま受け入れて契約を締結するのが社会通念上,合理的であると言える場合を意味します。
ここで注意しなければならないのは,約款を準備した者だけでなく,相手方にとっても合理的であると言えなければなりません。
取引において,一方当事者によって事前に用意された契約書の雛形が利用されることがありますが,たとえ雛形どおりの契約書の内容で合意をしたとしても,通常,相手方が提示された契約書の内容を吟味・検討し,交渉することが想定されているのであれば,定型取引には当たりません。
以上の要件を満たす定型取引において,契約の内容とすることを目的として一方の当事者が準備した契約条項の総体が定型約款です。
銀行の預金規定やコンピューターライセンス規約などは定型約款と言えるでしょう。
◆ 定型約款が契約の内容となるためには?
改正民法は,相手方が定型約款の内容を認識していなくても,次の場合には,定型約款が契約の内容となることを認めました。
当事者が定型取引を行うことを合意し,定型約款を契約の内容とする旨の合意をし,または定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とすることを相手方に表示していた場合(改正民法548条の2第1項) |
「定型取引を行うことの合意」は,契約条件の詳細まで認識している必要はなく,黙示的なものでもいいと言われています。
「約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とすることを相手方に表示する」とは,定型約款の内容までをあらかじめ相手方に表示しておく必要はなく,「定型約款を契約の内容としますよ」ということを表示していればいいと言われています。
以上の場合であっても,相手方の利益が害されることを防ぐために,次の場合には定型約款は契約の内容とはならないとされています。
相手方の権利を制限し,または相手方の義務を加重するものであり,その定型約款の態様及び実情並びに取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる場合(改正民法548条の2第2項) |
さらに,定型約款を準備した者は,定型取引の合意をする前,又は合意をした後の相当の期間内に,相手方から請求があった場合には,遅滞なく,相当な方法で定型約款の内容を示さなければならないとされています(改正民法548条の3第1項)。
これは,相手方が定型約款の内容を確認する機会を確保するためのもので,書面の交付やWEBで開示し相手方が簡単に確認できる状態にしていればいいとされています。
そして,定型約款を準備した者が,定型取引の合意をする前に,相手方から定型約款の内容の表示する請求を拒んだ場合は,一時的な通信障害の発生などの正当な理由がない限り,定型約款は契約の内容とならないとされています(改正民法548条の3第2項)。
◆ 定型約款の変更をするためには?
一般的な契約の原則からすると,一度成立した契約の内容を相手方の同意なく一方的に変更することはできません。
しかし,約款による契約は,法令の改正や経済情勢などの変化により,約款を変更する必要性が生じることが少なくありません。
さらに,約款による契約は,相手方が不特定多数であることから,一人ひとり個別に変更の同意を得ることは事実上困難です。
そこで,改正民法定は,次の場合には,相手方が同意していなくても,定型約款を変更できることを認めました。
定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合する場合,または定型約款の変更が契約をした目的に反せず,変更に係る事情に照らして合理的なものである場合で,定型約款を準備した者が変更の効力発生時期を定め,約款を変更すること,変更後の定型約款の内容,変更の効力発生時期をインターネットなどの適切な方法で周知した場合(改正民法548条の4) |
◆ 改正前の定型約款について注意すべきことは?
改正民法の定型約款の規定は,改正民法施行日である2020年4月1日以前に締結された契約についても適用されることになっています。
ただし,当事者が施行日までに書面などによって反対の意思表示をしていた場合には,施行日前に締結された契約については改正民法の規定は適用されません。
なお,改正民法の規定が適用される場合であっても,改正前に生じた契約の効力が否定されるわけではありません。
日常生活の多くの場面で利用されている約款についての規定が新たに設けられたことは,事業者と消費者のいずれにも影響が生じるため,注意が必要です。
約款に関して,少しでも気になることや不安なことがありましたら,早めに弁護士に相談することをお勧めします。