ある倒産事件
弁護士 堀哲郎
コラムには、極力書下ろし記事をと思っているのですが
申し訳ありません、三度、過去に事務所ニュースに載せた記事を繰り返すことをご容赦ください。
その事件は、10年以上前の事務所ニュースに
「最も印象深い事件」として紹介した事件ですが、
今も「最も印象深い事件」であることに変わりありません。
この事件は1本の電話から始まりました。
埼玉労働弁護団では、ホットラインを常設し、労働者のための電話相談を実施していますが
偶々私が担当の相談日に、ある中堅音響機器メーカーに勤務するAさんから
「会社が倒産するかもしれない。退職金も払ってもらえそうにない。」
との電話相談を受けたのが事の始まりでした。
急遽Aさんと面談し、同じ事務所の鈴木弁護士の応援を得たうえ、
未払賃金、解雇予告手当及び退職金を確保するため、
会社が取引先に有する売掛金の仮差押をすることにしました。
ところが、当初、Aさんを含め10名分程度とされていたのが、
蓋を開けてみると福島県内にある工場の従業員も含め90数名分、
金額にして総合計約1億円という事態になり、
しかも、売掛金の支払期限が目前に迫っており、
時間的余裕がない中、売掛先は20数社に及び、
そのうち大口の売掛金が約6000万円あるものの、
他は数百万円程度という状況で、
各人の退職金等債権をどの売掛金債権に振り分けるか大変頭を悩まし、
ほとんどパニックになりました。
(作業は、事務局総動員で深夜までかかりました。)
加えて、詳細は省きますが、
管轄、保全の必要性など法的にも困難な問題がありましたが
(仮差押をすれば会社はほぼ確実に倒産するというジレンマ等)、
何とか仮差押決定を受けることができ、
タッチの差で売掛金を仮に差し押さえることができました。
この後、
- 仮差押に加わった従業員に対する会社側の切り崩し
- 会社側による起訴命令の申立
- それに基づく訴訟提起
- Aさんに対する懲戒解雇
- 商法上の先取特権に基づく本差押
- 会社側に唆された他の従業員による本差押参加
- 取引先による破産申立
など、福島地裁、浦和地裁(現さいたま地裁)、東京地裁にわたる様々なドラマを経て
最終的に約9000万円を回収することができました。
弁護士となって今年で25年目になりますが
この事件は私にとって未だに「最も印象深い事件」であり続けています。