最近の判例紹介(平成27年3月4日最高裁大法廷判決)
弁護士 沼尻隆一
交通事故や労災事故などの不法行為による被害を受けた場合に,それと同一の原因によって被害者(又はその相続人)が利益を受けた場合に,その利益の分を損害から控除することがあります。
これを「損益相殺(そんえきそうさい)」といい,典型的なのは,交通事故に起因して被害者等が受領した自賠責保険金などが,これに該当します。
労災事故により亡くなった被害者の遺族が,労災保険法にもとづく「遺族補償年金」の支給を受けた事案で,使用者への損害賠償請求権に対し,損益相殺はどのような形で認められるのか,という点について,新判断を示した最高裁判例がありました。
本判決は,このような場合,①損害賠償請求権全体ではなく,逸失利益等の消極損害(事故がなければ将来的に得られたであろう収入など)に限り,それとの間で,「損益相殺的な調整」を行うべきであるとし,なおかつ,②その調整は,不法行為の時(被害者の死亡時)にさかのぼって,損害賠償請求権の「元本」に対して為すべき(つまり,損益相殺で調整された部分については,遅延損害金が発生しない)とする内容の判断を示しました。
①の部分については,平成22年10月15日になされた最高裁判例等とも同趣旨のものであり,判例を変更したものではありませんが,②の部分については,遺族厚生年金の支給時において遅延損害金が発生している場合は,損害賠償請求権の元本ではなく,まず事故時から支給時までの「遅延損害金」に充当して損益相殺すべきである旨の趣旨を述べた平成16年12月20日の最高裁判例を,実質的に変更したものといえます。
このように,過去の最高裁判例を変更した判決だったため,最高裁判所判事全員がメンバーとなる大法廷での判決となっています。
交通事故の場合の人身傷害保険給付金と損害賠償請求権との関係など,各種給付と本来の損害賠償請求権との間で,どのような調整をなすべきかについては,難しい問題が多く,近時,これらの点に関する最高裁判例もいくつか出現しています。
本判例も,このような流れの一つとして位置づけられるものと思い,ご紹介する次第です。