人身傷害保険会社が加害者から支払われた賠償金を代位取得できる範囲のことなど
弁護士 沼尻隆一
交通事故にあった際に,加害者が車の保険(任意保険)に入っていれば,原則として,その任意保険会社から損害賠償金を受け取ることができるわけですが,それとは別に,自分のほうの車両に付保されていた「人身傷害保険」からの保険金(補償)を受け取ることができる場合があります。
加害者側の保険会社との示談交渉が難航しているようなときに,場合によっては,人身傷害保険から先に,保険金の支払いを受けることがあるのです。
そして,その後になって,加害者(側の保険会社)から賠償金(示談金など)が支払われるときに,先に保険金を支払った人身傷害保険会社から,支払われた賠償金について請求権を代位取得している分を回収させて欲しいといった要請を受けることもあります。
この場合,人身傷害保険会社が被害者に代わり,加害者に対する損害賠償請求権を代位取得できる範囲については,人身傷害保険会社が被害者に支払った金額のうち全額を,代位債権として取得できるわけではわけではありません。
近年なされた最高裁の判例,及び,その後の保険法の改正によって,人身傷害保険会社が被害者に支払った保険金のうち,被害者に代わって加害者への請求権を取得できる部分は,支払った金額全額ではなく,極めて分かりやすく言えば,被害者側の過失割合に相当する部分を超えて支払った部分に限られます。
しかも,その前提として,訴訟になった場合に通常認められる賠償額を基準として,過失割合に相当する金額を算定することになります。このような取扱いは,「訴訟基準差額説」といわれており,現在の実務の支配的取扱とされております。
例をあげれば,訴訟になった場合に通常認定されるような,いわゆる「赤い本」基準(弁護士会基準)にもとづいて算定された金額(過失相殺前の全体の損害額)が1000万円で,被害者の過失割合が3割(30%)だとした場合,人身傷害保険会社が400万円を被害者に支払ったのであれば,被害者に代わって人身傷害保険会社が自ら加害者に対し代位請求できる範囲(代位取得する債権の額)は,400万円から1000万のうちの被害者の過失割合に相当する300万を引いた残りの100万円にすぎません。
先ほど述べたとおり,このような取扱を,「訴訟基準差額説」といい,近年の最高裁判例で肯定された考え方として,現在の実務でも支配的とされているわけですが,中には,一般の方がこのようなことを知らないのを良いことに「あなたが受け取った賠償金のうち,前にウチ(人身傷害保険会社)から支払った金額は『全額』回収させてもらいます」などと平気で言ってくる会社も,ないわけではありません。
特に,加害者の加入する任意保険会社と,被害者側で加入している人身傷害保険会社がたまたま「同じ保険会社」である場合(意外と少なくありません。)などに,このような全額回収の方法が取られることが皆無ではないようですので,場合によっては注意が必要です。