審判による子の引渡し命令と強制執行について
弁護士 鈴木幸子
はじめに
離婚が問題となっている夫婦の間で、一方(以下「債務者」と言います)が子を連れて他方(以下「債権者」と言います)と別居した場合、債権者が子の監護者の指定と子の引渡しを求める調停申立をするケースが非常に多くなっています。
調停で双方合意に至らない場合には、審判に移行します。
審判では、裁判所が子の監護者を指定するとともに、裁判所が指定した監護者(債権者)と事実上の監護者(債務者)が異なる場合には、債務者に対し、債権者に子を引き渡すよう命じます。
子の引渡しの強制執行
審判が確定したにもかかわらず、債務者が債権者に子を引き渡さない場合には、債権者は、確定した審判に基づき強制執行の申立てを行い、債務者に対し、子の引渡しを求めると共に、子が引き渡されるまでの間1日につき●万円を支払う(以下「間接強制」と言います)よう求めることができます。
これに対し、債務者から、「金銭の支払いを命じることにより債務者に対し心理的な圧迫を加えて子の引渡しを強制することは過酷な強制執行である(権利の濫用である)」、あるいは「債務者の意思により債務の履行が可能であるという間接強制の要件を充たしていない」等の理由から、債権者からの間接強制の申立ては却下されるべきである、との反論がなされることがあります。
子は親の所有物ではなく、独立した人格を有する存在ですから、その判断は困難な問題を孕んでいます。
現に、裁判所の判断も割れています。
裁判所の判断が割れるのは、子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思表示をしている場合です。
判例紹介
最高裁平成31年4月26日決定(以下「平成31年決定」と言います)及び最高裁令和4年11月30日決定(以下「令和4年決定」と言います)は、いずれも、子が拒絶の意思表示をしているケースに関し、次のとおり判示しています。
「子の引渡しを命じる審判は、家庭裁判所が、子の年齢及び発達の程度に応じてその意思を考慮した上で(家事事件手続法65条)、子を引き渡すことが子の利益にかなうと判断して命ずるものであり、・・・子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。」
「子の引渡しを命ぜられた者(債務者)は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならない。」
しかしながら、以下のとおり、平成31年決定のケースでは、間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとされたのに対し、令和4年決定のケースでは、間接強制の申立ては権利の濫用に当たらないとされています。
平成31年決定のケース
平成31年決定のケースでは、債権者は、間接強制の申立て前に、子の引渡しの強制執行及び人身保護請求の手続きを行っていました。
子の引渡しの強制執行は、子(男子、当時9歳3ヶ月)が債権者に引き渡されることを頑強に拒絶し、呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けると子の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして、執行不能となりました。
人身保護請求も、子が引渡されることを拒絶する強固な意思を明確に表示したため、子は債務者等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて債務者のもとにとどまっていると判断され、請求棄却となりました。
このような経緯をふまえ、平成31年決定は、次のとおり判示し、間接強制の申立てが権利濫用にあたると判断しました。
「…以上の経過からすれば、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は、具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解される。そうすると、このような決定を求める本件申立ては、権利の濫用に当たるというほかない。」
補足意見においても、次のような指摘がなされています。
「…以上の事情に照らすと、実力により子をその意思に反して債権者の監護下に移すようなことは子の心身に有害な影響を及ぼすおそれが大きく、さりとて、子の意思を変えるための働きかけをしたとしてもそれが奏功するとは容易に考え難い上、自由な意思により債務者のもとにとどまりたいと希望する子に対し、その希望を断念するように強いるとなれば、これまた子の心身に有害な影響を及ぼすことが懸念される。そうすると、現時点において、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を債務者において具体的に探り当てることは非常に困難であることは、上記公的機関の判断により明白になっている。にもかかわらず、債務者に対し、子を債権者に引き渡すことを命ずるとともに、これを履行しないときは間接強制を課す決定をすることは、債務者を窮地に追い込むものであって、過酷な執行として許されない。」
令和4年決定のケース
一方、令和4年決定のケースでは、債権者は、審判確定後、引渡執行の申立てや人身保護請求の手続きはとっていません。
ただし、間接強制の申立てを行う以前に、債権者と債務者で約2時間にわたり子(男子、当時8歳1ヶ月)を説得したものの、子が応じず、債権者を押しのけたり振り払ったりするなどして債務者から引き離されることを強く拒絶し、その後も、債務者の提案により債権者との面会交流を2回試みたものの、子は債権者に対しあからさまな嫌悪感を示しており、泣きながら債務者に対し債務者宅に帰ることを強く求めるなどしていた、という経緯がありました。
大阪高裁は、上記経緯をふまえ、子の拒絶の意思表示は「現在における子の真意であると認めることができるから、現時点において、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる債務者の行為を具体的に想定することは困難」として、債権者の申立てを権利の濫用に当たると判断しました。
しかしながら、令和4年決定は、「本件審判の確定から約2ケ月の間に2回にわたり子が引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる本件の事実関係のもとにおいては」間接強制の申立てが権利濫用にあたるとはいえない、旨判示し、大阪高裁の決定を破棄しました。
さらに、補足意見において、次のとおり指摘されています。
「引渡執行も人身保護請求も債権者のイニシアティブで行われるものであり、債務者のイニシアティブで行うことはできないことに照らせば、公的機関により子の拒絶意思の明確性が確認されていることが間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとされるための条件となるわけではない。・・・間接強制の申立てが権利の濫用となるためには、債務者として引渡しのためにできる限りの努力をおこなうことが必要である。本件においては、債務者には、子の債権者に対する強固な忌避感情を取り除く努力が十分であったとまではいえないと思われる。かかる努力を行っても子の忌避感情を和らげることが期待できないと判断したときは、監護者変更の申立てを行うことや間接強制決定自体に基づく執行力の排除を求めて請求異議の訴えを提起することができる。」
おわりに
平成31年決定と令和4年決定のいずれにおいても、どのような場合に「過酷な執行」となるかについての一般的な説明はなされていません。
令和4年決定の原審である大阪高裁の決定中、「本件子の言動や対応からすると、子が債権者に引き取られることを拒絶する明確な意思を有していることは明らかであって、債務者において子の心身に有害な影響を及ぼすことがないように配慮しつつ子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を想定することが困難と認められることは平成31年決定と何ら異なるところはない」との指摘がありますが、このような見方も十分にあり得ると考えます。
また、同決定中の、「子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ子の引渡しを実現するには、債権者と債務者が子の利益を最も優先して協調する必要があるというべきである。」との指摘は、非常に重要であると考えます。